Categories
歴史 貿易 輸入品

【歴史】なぜ僕たちは惹かれ合うのか?日本とトルコを結ぶ絆

この度、トルコの会社と取引をすることが決まりました。


貿易を通して輸入品を買うということは海外との交流でもあります。

これからご購入していただく皆さんにも歴史を通して製品を愛してもらい、よりよい1日を感じれるようになってもらいたいと思いこの記事を書きます。

1. はじめに

アジアの東端にある日本と、ヨーロッパと中東の交差点に位置するトルコ。

グローバル化が当たり前になった現代では、両国が繋がることはごく自然なことに思えます。

しかし、今から100年以上も昔、まだメールも電話もなかった時代から、この遠く離れた2つの国には深い接点がありました。

なぜ両国はこれほど強い信頼関係で結ばれているのか?

今回は、日本とトルコが歩んできた助け合いの歴史と絆を、時系列でわかりやすくご紹介します。

2. 絆の原点:エルトゥールル号事件(1890年・明治時代)

日本と同じように、ヨーロッパ列強との不平等条約に苦しんでいたオスマン帝国(現トルコ、以下トルコと称します)は日本との平等条約締決のため日本へ親善使節団を派遣しました。

無事に親善の役目を果たしましたが、帰国中に台風に遭遇。
航行の自由を失い和歌山県串本町沖で、岩礁に激突して沈没。

地元の樫野の住民たちが自らの食料や衣類を差し出し、命がけの救助活動を行い69名が生存しました。

その後、明治天皇の指示により手配された日本の軍艦2隻(金剛・比叡)で無事に母国トルコへと送還されました。

これが、両国の深い絆の原点となるのです。

余談ですが、トルコへ送還する軍艦には司馬遼太郎さんの作品『坂の上の雲』の主人公として登場する秋山真之が乗艦していました。

3.95年越しの恩返し:テヘラン邦人救出劇(1985年)

イラン・イラク戦争が続いていた時、イラクの大統領が
「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機を無差別に攻撃する」と声明を発表しました。

日本から救出機は、安全確保ができないとの理由で派遣されず
、イランに住んでいた日本人215名が戦時下のイランに取り残されました。

そんな時にトルコが優先的に救援機を日本に派遣してくれたため、日本人全員が空路で無事脱出。

ちなみに、イラン在住のトルコの人は陸路で帰国されたそうです。

当時の駐日トルコ大使の方がこのように言われました。

「私たちはエルトゥールル号の借りを返しただけです」

トルコでは小さい子供でも知っていることだそうです。

4.その後(2000年以降)

その後、東日本大震災(2011年)ではトルコ救援隊が真っ先に駆けつけてくれ、海外チームの中でも最も長く活動してくれました。

またトルコ・シリア大地震(2023年)では日本から救援隊や医療チームを派遣しました。

この数年でも互いを助け合い、協力関係が続いていることはとても嬉しく思います。

遠い国だけど助け合い、近くの国より近く感じれる。

5.未来に向けて

95年という歳月が流れても「エルトゥールル号の時の恩返しだ」と言って行動してくれたトルコの人々。

この美しい関係性を、僕たち日本人も未来へ語り継いでいくべきだと感じています。せっかく先人たちが積み上げてくれた素晴らしい絆を、風化させてしまうのは勿体ないからです。

今回扱う製品を通して、ものづくりの魅力だけでなく、トルコと日本の温かい歴史や繋がりを、より多くの人に知っていただけたら嬉しいです。